戦艦「大和」は日本帝国海軍が建造した大和型戦艦の一番艦です。
「大和」は、「量の不足を質で補う」という戦略思想のもとで建造された、 排水量、搭載主砲口径(46cm)とも史上最大の超戦艦であり、日本で建造された最後の戦艦でもあります。
欧米列強によるアジア植民地政策に反旗し、弱小国に過ぎなかった日本を守る為に、少ない資源を集め、技術を磨き戦略を練り、明治維新からわずか70数年で世界最大最強の戦艦を建造したのです。
しかし時代は戦艦同士による艦隊決戦から、空母艦載機による航空機決戦へと流れ、究極の戦艦「大和」はその性能を発揮する機会を得ることなく、昭和20(1945)年4月7日、沖縄海上特攻の途中で米艦載機の猛攻撃を受け、鹿児島県坊ノ岬沖で最後を迎えました。
栄光なき戦艦「大和」の悲劇は、日本民族の誇りとともにある事を、私達は決して忘れてはなりません。
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全体像
坊ノ岬沖海戦にて